有罪モラトリアム

喜んで抱き合う私たちを尻目に、Sもずっと泣いていた。
いつのまにかその場に座り込んでいた。

小さな声で何度か「ごめんなさい」を繰り返しているのが聞こえた。

やっと自分の愚かさに気づいてくれた。
もうそれだけで十分だった。
これ以上彼女を責める気持ちにはなれなかった。
Aもそれ以上は何も言わなかった。
Sもこれでやっと前に進めると思う。
もう二度と同じ事を繰り返さないで欲しい。


人間って弱くて脆いね。
心の隙間に悪魔がすぐに忍び込んでくる。
きっかけはちょっとしたことでも、一度心に開いた穴はどんどん広がっていって、
どんどん心を侵されて行く。

虚栄心
欺瞞
嫉妬
憎悪

自分のコンプレックスを基準にして、相手を推し量ることしかできない。

自分の弱い部分から逃げる事は本当に簡単なことだ。
知らないフリ。自己欺瞞。
逃げてしまえば、自分の悪いところなんて見えない気がする。
そんな気がするだけで、本当はちゃんと存在しているのに。

私も心に弱さを持っている。
きっと誰でも持っている。

でも黒く染まらないためには必要な物はたった1つだと思った。

誰かを想う心。

忘れてはいけないと思う。いつだって。

私はずっと忘れません。

心の痛みを知っているから。

私の事を想ってくれる人がいるから。



「僕は、いつもユキさんの味方ですよ。」


「ユキこそがんばりなさいよw 恋も学校もねw」


「だいすきですよ。」



Sの家のチャイムを鳴らすとき、手が震えてなかなか押せなかった。
私はそのとき指輪をぎゅっと握り締めた。


ゲームの世界は私の逃げ場だった。
でもただの逃げ場なんかじゃない。
そこで出会った人達の言葉や行動が、私を勇気付けてくれた。
かけがえのない大切な人は、仮想世界の中にも存在していた。
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