我妻教育
ともあれ、せっかく併設された同じ学校に通っているのだから、未礼の学校での様子を見てみるにこしたこともないだろう。

よって、一度高等部に出向いてみてはどうか…と、先ほどの車中で思い立ったのである。



まだ生徒がまばらな教室に入り、まっすぐ自分の席に着くと、予鈴が鳴るまでの間に読書をするためバッグから一冊の本を取り出した。

現在愛読中なのは、幕末を舞台とした歴史小説だ。

だが、手に持った本をなぜだか読み進める気になれず、閉じたまま机の上に置いた。



「ごきげんよう。啓様」

幼なじみで学友の琴湖が、私の席まであいさつに来た。

「ああ、おはよう」


竹小路 琴湖(タケノコウジ コトコ)は、華道の名門、竹小路流家元の令嬢である。

竹小路流は日本最大の華道の流派だ。

我が家と竹小路家とは同じ町内で、代々家族ぐるみの親しい付き合いがあった。

琴湖は、クラスで一番小柄で華奢だが、猫のようにくっきりとした目を持った、華やかな顔立ちをしている。


「…あら、どうかされて?」

琴湖が、首をかしげ、私の顔を覗きこむ。

「え?」

「どうも気分がすぐれない、そんな顔なさっているものだから。
…具合でも悪いんじゃないかと思いまして」

「少しばかり考えごとをしていただけだ。たいしたことではない」

再び本を手に取り、ページをめくった。

「そう、ならいいんです。-じゃ、読み終えましたらまた貸して下さいね」

琴湖は私の手元をいちべつし、笑顔をつくる。

相手を堂々と見据えて、閉じた口の両端をキュッと持ち上げて優雅に微笑する。琴湖お得意の顔だ。


「ああ」

私も当たり障りなく微笑み返す。


私の笑みを受け取ると、琴湖は平安期の姫君を思わせるキレイに切りそろえられた背中に届くほどの長い艶のある黒髪をひるがえして、友の待つ自分の座席へ戻って行った。

琴湖が視界の端から消えると、誰にも気づかれぬよう、小さくため息をついた。

さすがに長い付き合いだけに琴湖はするどい。

気分がすぐれないと言うよりは、気が乗らないと言ったほうが正しいのだが…。


実のところ、気が乗らない。未礼と親交を深めることに。
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