我妻教育
ふわりと、桃の香り。


未礼は、シャンプーやら、ボディークリームやら、ルームスプレーにいたるまで何から何まで桃の香りのするものを好んで愛用していた。

残り香が、未礼がここにいた証を残していた。




私は携帯電話を取りだし、電話をかけた。


「どうした、啓志郎」

すぐに優留の軽快な声が耳に響いた。
「悪いけど今忙しいんだ。言っただろ?今日は孤児院でサンタするって。準備中なんだ」


「トナカイの衣装はあるのか?」


「お、ヤル気になったか。じゃあすぐ来てくれ」


「ああ。今から行く」


ふざけて構わない。
そんな気分だ。

そんなクリスマスの過ごし方も悪くないと思ったのだ。




私は電話を切り、もう一度室内を見回した。






主のいなくなった部屋。


かすかに残る桃の香り。


時とともに消えるだろう。





両手で、ふすまを閉じた。


未礼の余韻と、未練を閉じこめるように。











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