我妻教育
「…面目ない」
未礼は返事の代わりにニコっと笑った。


ほのかに桃の香りがただよう。

毛先が肩にかかる程度の長さの、レイヤーの入ったこげ茶色の髪の毛が、窓から差し込む日差しで金色に縁どられて輝いている。

細い首にかけられている、ダイヤモンドの埋めこまれた馬蹄形の金のネックレスが、透き通るような白い肌の上でキラキラと反射していた。


カーブにさしかかり、バスも人もバランスを保てず大きくゆれた。
こみあう車内で容赦なく、人の波に押される。

そのとき、私の鼻と口は、未礼の胸元に、押し込められた。

脱出を試みるもひしめき合う人々の圧力に身動きがとれない。

苦しい…息が…。

目の前で、チカチカとダイヤが乱反射している。

…チカチカ…チ…カ……






「…い…ろうくん」
……。

「…啓志郎くん」
…誰かが、ひどく心配した声で私の名を呼んでいる。
額をなでる手の感触。

「啓志郎くん、しっかりして」
まぶたを開けると、かすんだ視界に私を見下ろす未礼の不安げな顔が映った。

背景は、純和風の私の家とは違う、見知らぬ洋館風の室内だった。
アンティーク家具に、レンガ造りの暖炉が見える。
リビングだろうか。

「よかった、気がついて。大丈夫?
あ、まだゆっくりしてて。
ここ、あたしの家。あたしの家のが近かったから…」

どうやら私は気を失っていたらしい。

ソファーに寝かされて、ブランケットがかけられている。

「何か飲む?」

未礼の優しい声の問いかけにうなずくと、桧周が立ち上がった。

「オレがとってきてやるよ。未礼は坊ちゃんについててやんな」
「うん、ありがと」

まだ頭がぼーっとしている。
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