我妻教育
「ただ、どこにも行けないあたしの面倒みてくれんのは、ユッキィしかいないの、今のとこ。
エサと寝床を与えてくれる気のいい兄ちゃんみたいな人なのね。
あたしノラはムリ。一人で生きてけないし、寒がりだし、お腹すくし。
家がちゃんとあるのにフラフラしてるなんて不良だよねぇ」

未礼は顔を上げ、若干困ったように笑いながら、わざとらしく明るく言った。

そしていくらか口調を改めて、続ける。

「ごめんね?あたしと仲良くするようにって、おじいちゃんか、ご両親に言われて、それでわざわざ会いに来てくれたんでしょう?
それなのにあたしは……。なんか、こんなんで…がっかりさせちゃったね」

返事につまり、反射的に思わず目を背けてしまった。
肯定しているようなものだ。

しかしそれを気にする風でもなく未礼はこちらを向いたまま、穏やかに話続けた。
頬に未礼の声が響く。

「啓志郎くんも、もう思ってると思うけど、あたしには、松園寺家のような立派なお家のお嫁さんになる器はないと思うの。
この縁談断られても、ぜんぶ、あたしのせいだから、
おじいちゃん同士の仲が悪くならないようには絶対するから。心配しないで」

私は未礼の顔を見ることができず、ひざの上に置いた自分の手を眺めていた。



私は普通の人間ではない。
日本を代表する企業のトップに立つ人間だ。

祖母や母、他の経営者たちの「妻」という立場をいくどとなく目にして学んだことは、「妻」は内にいて家事をうけおい、跡取りを産めば良いだけではなく、対外的にも役割は大きい。

当然あるべき姿として、人前に誇れてしかるべきなのだ。


未礼は我が妻にふさわしくない。

未礼が悪い訳ではない。
未礼とて、実家の命に従って見合いさせられただけなのだ。

今日これまでのやり取りから、未礼が悪い人でないのは重々承知している。
思いやりにあふれた人だと思う。

未礼の性質は元々のもので、ただ私が勝手にがっかりしただけなのだ。


このとき私の頭の中を占めていたのは、いかに、乗り気の祖父と父の気分を害さずに、この縁談を断れないか…ということだった。




思わぬ展開ばかりが続き、思考回路は混乱し、疲弊していた。
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