我妻教育
未礼は、手ぐしで髪をとかしながら、悪びれた風もなく、あくびを噛み殺している。

「無駄だとかいう問題ではない。
規則正しい生活とはそういうものだ」

「そうなの?」

「片付いているほうが、気持ち良く生活ができるではないか」


「でもね、部屋がスッキリしてると、寒々としない?」
二の腕をさすり、寒いというしぐさをしている。

「…さむざむ?」
真顔で何を言っているのだ、この女は。

「そう。スースーして逆に落ち着かなくならない?」

「…ならない」

まるで、片付けをしたくない子どもの言い訳だ。

朝から、議論をしている暇はない。
部屋が汚かろうと気にならない性質の人間を納得させるには、時間が足りない。


ならば私が片したほうが早い。

布団に手をかけると、
「啓志郎くんにたたんでって言ってるわけじゃないんだよ〜、あたしがやるから」
あわてて未礼は、布団をたたみ出した。


几帳面な私にしてみれば気になる、角のそろっていない適当なたたみかたをしていたが、
…まぁ、未礼自身がたたんだことに善しとしよう…。


「啓志郎くんてさ、どうしてそんなに真面目なの?
もっと要領良く生きなきゃ、疲れちゃうよ?」

まだ眠そうな目でまじまじと私の顔をみている。

…よけいなお世話だ。



部屋をノックする音とともに、心配がかった家政婦の声がした。
「啓志郎さま、お時間…よろしいのでしょうか?」


私たちは同時に時計を見やった。

家を出なければならない時間はもうとっくに過ぎていた。


「顔!顔だけすぐ洗ってくる!」
未礼が洗面所へ駆け出して行った。




「先に高等部に行ってくれ」

車に乗り込み、運転手に告げる。

高等部のほうが、始業時間が早いのだ(そうでなくとも女性を先に送るのが礼儀であるが)。

あわてて家を出ることになったが、私はいつも時間には余裕をもって行動しているがゆえ、遅刻することはないだろう。
腕時計を確認し、安堵のため息をついた。

「かしこまりました。
珍しいですね。啓志郎さまが、朝、お慌てになるなんて」


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