我妻教育
ある日突然、前触れもなく、兄は高校を中退し、
リュック一つ担いで渡航した。



それ以来、会うのは初めてである。




兄の消息をつたえる唯一のものが、
渡航以来1年に一枚、決まった時期に私あてに届く絵ハガキだった。


その絵ハガキは、いつもたいしたメッセージは書かれてなく、兄の写真つきでもなく、
滞在先で購入したと思われる観光土産用の陳腐なものだったが。



そのハガキが、兄の所在と生存を確認できる唯一のものであった。



滞在先は、アフリカ等の発展途上国ばかりで、滞在国は毎年変わっていた。



渡航以来、4年連続で続いた年1回の兄からの絵ハガキは、
今年だけはその時期をとうに過ぎた今も届いてはいかった。



…きっと忘れていたのだろう。




兄は、自由で無責任な人物なのだ。



いたずら好きで、じっとしていられない。




その昔、姉たちの人形の髪の毛を刈り上げ、モヒカンにして姉たちの逆鱗にふれたり、
小さないたずらは数知れず。



我が家の池に面した巨大な庭石を、岩を砕く専用の工具を取りよせ、
急に彫刻を彫りだしたこともあった。



「庭にヴィーナスがいたらテンション上がる。
絵画で見たんだ。ヴィーナスの誕生だっけ?
横たわったバージョンのやつ♪」

と言って、非常に不出来なヴィーナスもどきを造った。



我が家に不向きであると、祖父の命で、ヴィーナスは兄の手によって粉々に砕かれたが。

兄自身もヴィーナスの出来にはかなり不服だったようだ。



思い立ったらとりあえず自分でやってみないと気がすまない性分のようだ。



そして、
その砕かれたヴィーナスのカケラで、
庭に、置き手紙ならぬ置き石をして、
突然姿を消したのだ。

10メートル四方程度の大きさの文字を3文字、
「さらば」と。

「ば」の下あたりに「さがしてくれるな☆」と土に文字が彫られていた。




兄がいなくなったあと、父は呆れ顔で言った。

「いつか、とんでもないことをしでかすと思っていた」と。








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