プライダル・リミット

昇華

 2009年11月12日(木)
 平成21年度 旧司法試験第二次試験口述試験合格発表日――
 マキオは机の引き出しを開けた。リュウのピック――それを手に取り掌の上で見つめると、強く握り締めた。
「リュウ、行ってくる」
 マキオは出発の準備をして部屋を出た。階段を降りて玄関に向かう。靴はいつものように綺麗に並べられていた。スニーカーの紐をきつめに結ぶ。ゆっくり立ち上がると、マキオは体を反転させた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 母の声が返ってきた。なんの変哲もない家族の挨拶。御手洗家では見られなかった家族の挨拶。息子の声を聞いたのは何年ぶりだろうか? 母は歓喜し感極まっていた。それでも母は気丈に振る舞った。何事もなかったように日常を演じた。しかし、この日の母の涙を、マキオは知らない――。




< 197 / 204 >

この作品をシェア

pagetop