小悪魔は愛を食べる

縋るようにしがみついた絢人の胸に、抱かれているのだと気付いた時はすでに夕暮れだった。何時間、震え泣いていたんだろう。

絢人はどれくらいの時間、抱き締めてくれていたんだろう。

気まずそうに不思議そうに下から覗き込む初音に、絢人は歪めていた唇をもったいつけるように緩慢に開き、云った。


『教頭が来期の生徒会役員に立候補しろって。俺かアンタ。けど俺、忙しいからアンタ引き受けてくれる?』

初音は頷いた。頷くしかなかった。

なにせ倉澤絢人といえば真面目で堅物で常に本を読んでいて、親しい友人もいなければ私生活すら想像できないという学年きっての優等生。

模試でも常に上位にいて、教頭のお気に入り。

ルックスも抜群で礼儀正しくて学校の看板と言っても過言では無いくらいの有名人だ。

そんな人間にこんなみっともない姿を晒して逆らえる程、初音は愚かじゃなかった。

『あ、ついでに彼女のふりもしてくれると助かるんだけど。俺、女って面倒だから好きじゃないんだ。寄ってこられるのも迷惑。駄目?』

首を斜めに構えてにこりと微笑んだ絢人に、初音は一度小さく頷いて、また大きく頷いた。

二回目は溜め息だった。

『貴方、猫被ってるでしょ。普段』

『うん。その方が楽できるから』

最早隠す気も無いらしい絢人に呆れて初音が苦笑した。

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