one contract

one contract -mark 10- 葵目線




「大変、って‥‥どうしたの?」

桃がこんなに慌てて来たんだから、スミレに何かあったに違いない。
焦る感情を抑え、僕はそれを悟られない様に冷静を装った。

「さっき、菫が、3年生の‥、浦波先輩に、‥‥腕掴まれてて、手、振り払って‥逃げたんだけど」

追いかけられてたの。
桃はそう言って、グッと拳を握り絞めた。

「でもなんか、追い駆けっこみたいな雰囲気じゃなくて‥‥」

大分息が整ってきた桃から、テーブルに視線を移した。
ティーカップを手にとって、紅茶を口に含もうとした時‥‥、

「‥‥会長、彼は吸血鬼でしょう?」
「‥うん」
「菫とは、契約してるの?」
「‥‥」
 
桃の言葉で、頭を強く殴られた様な感覚に襲われた。
そうだ。



スミレは今、吸血鬼から“狙われる存在”。
黝は吸血鬼であり、スミレを『本当に貰うよ?』と言って来たのだから、誰とも契約はしていないのだろう。

つまり黝は、“狙う存在”。



僕の中で、どうにもならない衝動が走り抜けた。

「‥っ、」

中の紅茶がこぼれる程の勢いで、ティーカップをテーブルの上に置いて席を立った。

「‥‥おい、探しに行くのか?」
「黝が昨日、僕にわざわざ宣戦布告してきたんだよ」

『本当に貰うよ?』‥って。

契約をしないと決めた相手が、誰とでも契約したって良いなんて。
‥‥そんなの、自分の欲を抑える為の





単なる、嘘。





誰とも契約してほしく無いのが、本心。

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