主人とネコ(仮)



「ねえ、ミルア」

「はい、なんでしょうか」

「アイツ……魔王は、私を此処に連れてきたとき、なんて言ったの?」

「気を失っているもも様を抱えながら、“野良ネコを拾ってきた”とおっしゃいましたよ」

何かを楽しでいるかのような彼の表情を見たのは、あの時が初めてだった。
だからこそ、驚いた。普段、何一つ表情を変えない彼が――全ての者から恐れられる魔王様が、〝少女〟を拾ってきたのだから。

「野良ネコ!? なによ、それ!」

ももは不機嫌そうに顔を歪ませる。

「じゃあ私はアイツの〝ペット〟になったってこと!? そんなの絶対に嫌よ!」

怒りのあまり、思わず口が動く。
そんな少女の様子を、ミルアは物珍しそうに眺めていた。

――ああ、本当に、この少女は感情豊かだ。

「あの、私、〝野良ネコ〟じゃないから! そもそも、ネコじゃないから!」

必死に、ももは言葉を続ける。きっと彼女はイラつきのあまり、混乱しているのだろう。

ふっとミルアは笑みを零す。その笑みに、思わず少女は固まった。

「どうかされました?」

「……え? あ、いや、あの……やっぱり笑うとさらに綺麗だなあ、って思って」

その言葉に、彼女は一瞬目を丸くする。けれどそれは本当に一瞬だった。

「さあ、行きましょう」

「あ、うん」

「………」

――グレイから聞いた通り、思っていることが顔に出やすく、気づかない内に口から言葉が出るような少女だ。
表情豊かで、思っている言葉を素直に表す。

本当に、こういった者と関わるのは久しい。
だからだろうか。笑ったことにすら、気づかなかったなんて。

「――私もまだまだ、未熟者ね」

呟かれたその言葉は、誰に聞こえることなく、静かに消えた。


< 23 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop