主人とネコ(仮)
「妖精と一緒で、悪魔にもそれぞれ何かの〝力〟を持って生まれてくるけど、私にはそれがないし……」
力と言っても、妖精みたいに秀でたものばかりではないけれど。
「耳も尖ってなければ、匂いも人間に近い……。でも、一応魔力はある。本当に、中途半端だわ」
その声はどこか悲しげであり、寂しげであり、まるで自分を貶(けな)しているかのようだ。
―― もも様…… ――
「……たまに思うの。もし私が〝普通の悪魔〟として生まれていたならば、お父さんとお母さんが死ぬことはなかったんじゃないかって」
あの日の記憶の始まりは、身を切る冷たい風が通り過ぎていったところからだ。
目を開けるとそこは森の開けたところで、白銀の世界が広がっていた。訳の分からないまま、空を見上げた。
紺碧の空に浮かぶ、紅い月。月明かりはどこか不気味で、背筋がぞくりとする。そして、ある違和感に気づいた。
どうしてこんなに、体中がべたつくのだろう。どうしてこんなに、血の匂いが充満しているのだろう。
どうして、こんなにも胸騒ぎがするのだろう。
心臓がうるさい。指が震える。体がうまく動かない。
――振り向かない方がいいよ。
誰かが、そう言ったような気がした。
強張った体を必死に動かす。白銀の世界が広がっているに違いないと、頭の隅で思っている自分と、そうであってほしいと願っている自分がいた。
「っ……」
白銀を覆う、赤の華。それは咲き乱れており、白を真っ赤に染めていた。
桃色の髪をした〝彼〟が、倒れている。黒髪の〝彼女〟も、倒れている。二人とも、体だけでなく、辺りも真っ赤に染めて。
そして〝彼女〟は右手を差し伸べたまま、倒れている。
「おと……さん、お……かあ、さん……」
視界がぼやける。声が震える。さっきまで強張っていた体から、力が抜けていく。
座り込んで、ようやく気づく。自分の体にまとわりついていたものが、今目の前に広がっているものと同じだということに。
――可哀想に。
誰かが、笑ったような気がした。