FAKE‐LAKE
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「お帰り、アンジェ」
 何枚目かの扉を開けると、その人が待っていた。走り寄るアンジェを優しく抱き上げてくれる。
「ただいまおじさん」
 温かい腕の中でほっと息をつく。今日の“治療”は四歳のアンジェにはとても辛かったので、なおさらこの温かさが恋しかった。
「一人でよく頑張ったね。痛かったかい?」
 幾筋もの涙の跡が残っているアンジェの頬をそっと撫でる男の人の表情はとても優しい。
「……うん、少し」
 滅多に辛かったと口にしないアンジェが俯きがちに答えると、おじさんはぎゅっと抱きしめてくれた。
「よく我慢したね。えらい、えらい」
 褒められて恥ずかしそうに笑うアンジェを肩に乗せ、その人はその場所を出た。


 アンジェにとって父親のような存在のこの人は、私は君の父親ではないとはっきりアンジェに告げていた。そう知らされた時はひどく落ち込んだけれど、彼がアンジェにとって一番信頼できる存在である事に変わりはなかった。
 おじさんは、“治療”中の左腕を吊っているアンジェの着替えを毎日手伝ってくれる。いつものようにシャツを脱いだアンジェは、自身の左の二の腕を見てふと尋ねた。
「ねぇおじさん、どうして僕の左腕にはこんな模様があるの?」
 青い色をした“F”の刻印。素直に問い掛けた疑問に、おじさんの頬が微かに引き攣った事をアンジェは見逃さなかった。
「気になるかい?」
 少し迷った後、アンジェは首を横に振った。おじさんの表情から、聞いてはいけないのだと勘の良い彼は察したからだ。
 無言になったアンジェにパジャマを着せ、おじさんはぽんと頭を撫でて立ち上がった。
「さぁ今日は疲れただろう? 早めに休みなさい。おじさんは残りの仕事を終わらせて来るから」
 はい、と素直に頷く。本当は泣きたいくらいそばに居て欲しかったのだけれど。
「なるべく早く帰って来るからね」
 おじさんが出掛けて一人になり、アンジェは毛布に包まってソファーの上で小さくなっていた。時計の音がやけに大きく聞こえる。
 しばらくしてうつらうつらし始め、アンジェは夢を見た。
< 86 / 483 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop