達人
「例えばナイフを投擲する。それが命中して、一撃で敵を仕留められればいい。だが投げたナイフは外れるかもしれない。刃先ではなく柄の方が敵に命中するかもしれない。命中したとしても致命傷を与えられず、逆に刺さったナイフを傷から抜いて、そのナイフで反撃されるかもしれない」

「……」

俺は正座したまま、真剣に達人の話を聞く。

「大切なのはナイフを当てる事ではない。ナイフを当てる事ばかりに気をとられ、不測の事態に対応し切れなくなる。ナイフはあくまで牽制として考える事。むしろナイフを投げた後の対処を考えるべきです。何十手先までね」

…流石、としか言いようがない。

ナイフの投擲法の向上を考える時、大抵は飛距離とか、命中率とか、そういった技術面に意識が向く筈だ。

だが達人の視野はそんなに狭くない。

ナイフが外れた時の事、そしてナイフを投げた後の事まで考えている。

やはりこの人は『本物』だ。

限りなく実戦に己を置いて、日常生活を過ごしていた。


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