囚われのアゲハ蝶
こうして李音様のモノとなってしまった私は
住み込みで365日,ずっとお屋敷に勤める事になった。
でも私にしては好都合。

小さい頃に交通事故で亡くした顔も覚えてない父
18歳の時病気で亡くなった母。
兄弟もいない、親戚も知らない。
私にはもう家族はいない。
それに最愛の恋人も失った。
それにもう誰かを失うことの悲しみをこれ以上知りたくなかった。
これ以上知ってしまったら私はきっと壊れてしまうだろう
だからここが唯一の私の居場所になった。

ここにいれば外に出なくていい。
だから何も知らなくていい
何にも触れなくていい
何にも感じなくていい
でもそれが今の私にはちょうどいい。
真実何か知りたくない
誰かの優しさ何かに触れたくない
もう何も感じたくない。
だから、見方を変えれば最高のポジションなのかもしれない。

「まぁ、とっても似合ってるわ、揚羽さん」

ホワンと優しい空気をまとった女性が笑う。
この人は先輩メイドの薫さん。

黒髪のサラサラロングヘアーを綺麗にまいていて
いかにも大人の女性という雰囲気をまとっている。
誰がどう見ても美人という外見で優しくおっとりとした性格のとても素敵な女性だ。

「そうですか?」

メイド服に着替え終えて放心状態で答えた言葉は
無という感情に溺れていた。
何とか屋敷まで帰ってきたものの
気を抜くとまた思い出して涙が出てしまいそうだった。

―チリンッ
屋敷中に鈴の音が響いた。
これは李音様が私を呼んでいるという合図。
私は急いで李音様の元へ向う。
―キィ…
少し重たいドアを大人しめに開けて顔を出す。

「お…お呼びでしょうか?」

「遅い!俺が呼んだら1分以内にくる決まりだろ」

そこには青いソファの上でいかにも偉そうに踏ん反り返っている李音様がいた。

「す…みません…」

「なんだよその顔、目は赤いしボソボソ喋るし、それに何だその長ったらしい髪、お化けみてぇだな」

李音の次々の悪口で揚羽はまた泣きそうになったのを
唇をかみ締めながら必死で堪えた。
こうして悲しみの代わりに痛みでも感じてないとまた
涙が流れてしまうから
泣いても泣いてもまだ揚羽の涙は枯れない。

「いいかお前はもう俺のモノ、つまりお前をどうしようと俺の勝手なの」

ビシッと揚羽を指差して言う。
揚羽は顔を上げず、俯いたまま頷いた。
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