Melty Kiss 恋に溺れて
「余計なことだとは分かってるんだけどさ。
俺、どうも娘には甘いのよね」

幾度目かの紫煙を吐き出して、紫馬さんが重たい口を開く。
自分自身にもすこぶる甘いということは、どうやら、棚の上に置き去りにされているみたいなので、あえて突っ込まないことにした。

分かっている。
俺の妻選びの日にちが迫ってきて、いまやかなりの<有力者>と思われる人たちが毎日のように直談判にやってくる。

紫馬さんがそこに、入りたくない気持ちは痛いほど分かっていた。
この人は、自分の娘が俺の妻になろうがなるまいが、組の中の地位に変化などないのだから。

娘をわざわざ俺の妻にするなんて、危険性の高いこと、したくないに決まっている。

……だって。
  俺がしたくないくらいだから。

都さんを、わざわざ危険に晒すような真似、出来るはずが無い。
出来るんだったらとっくの昔に、彼女の全てを浚っているに決まってる。


紫馬さんは勝手に人の椅子に座って、長い脚を持て余すように組んでみせる。

「だからさ。
あの子を泣かせるなら、一度きりにしてくれない?」

一度きり。
それは一度できっぱり振ってくれという意味だろうか。

俺は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
やり場の無い気持ちをぶつけるように、乱暴に。
< 28 / 52 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop