太陽が見てるから
「翠は重い病気をかかえてるよ」

と蓮は言い、周りに聞こえないように、おれの左耳にそっと囁いた。

「翠は、脳腫瘍だ」

「のう……」

おれの頭の中は、完全に浦島太郎状態になった。

気付いた時、周りには健吾と蓮、結衣と明里が居た。

それと、翠の担任と保健室の戸田先生。

そして、翠も。

「翠」

翠に声をかけてみた。

でも、僅かな反応すら無く、白い肌に真っピンク色の長い爪が異様に浮いて見えた。

怖かった。

このまま、永遠に目を覚ます事のない眠り姫に、翠がなってしまいそうで。

怖くて、たまらなかった。

しばらくして、校舎の外からサイレンの音が聞こえてきた。

それがピタリと鳴りやむと、担架を抱えた救急隊員が3人体育館へ駆け込んできた。

「大丈夫ですか」

「状況等を聞かせてください」

隊員の中でも年配でベテラン染みた男が、

「この女性ですか」

と戸田先生に聞いたのに、答えたのはなぜか蓮だった。

16歳、女。

吉田翠です、そう言い蓮は続けた。

「倒れたのは約10分くらい前です。左の側頭部から落ちるように倒れました」
「頭からですか? とっさに手をついたりはしていませんでしたか?」

「ついていないと思います。頭を強く打ったと思います。最近、歩行時にふらつきがありました」

カンニングペーパーでも見て話しているかのようにすらすら言う蓮に、隊員の人は目を丸くした。

担任の先生と戸田先生も。

健吾も、結衣も明里も。

おれも。

「彼女は脳腫瘍を患っていて、通院しています」

蓮が淡々とした口調で的確に説明を終えると、突然、隊員の人が顔色も変えた。

「頭を動かすな! 脳腫瘍患者だ」

と担架に翠を乗せてようとしている2人若い隊員達に叫んだ。

1人は翠の頭をそっと抱え、残りの2人は翠の体を抱えて静かに担架に乗せて、体育館を足早に出て行った。

あまりにも一瞬の出来事のようで、蓮以外のおれ達は体育館を出ていく担架を眺めていた。

上履きの裏にはとても強力な接着剤が付着していたのかもしれない。

みんな立ち尽くして、動けずにいた。



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