太陽が見てるから
おれは床に突っ立ったまま、スポーツバッグがいつもより遥かに重いことに気付いた。

「翠、おれさあ」

と言いかけた時、翠はそれを止めて完全にシャットアウトした。

きっと、翠なりに察したのだろう。

おれが今、何を言おうとしていたのかを。

「負けんなよ、補欠! あたしが麻酔から覚めた時、1回戦突破してなかったら……分かってんだろうな?」

翠は勝つ気だ。

目が本気だ。

手術という敵に勝つ気だ。

「どうせ、ぶっ殺すとか言うんだろ」

「分かってんじゃん」

「1回戦なんて楽勝だぜ」

言わなくて良かったと思った。

おれは初陣を辞退しようと、馬鹿な事を考えていたのだ。

「よーし、分かってんじゃない! いい? 試合終わったら、この病室であたしを待ってろ」

翠は言い、まるでおれにも宣戦布告を言い渡すような言いぐさをした。

「それにしても、腹減ったなあ」

不機嫌な顔をして、翠が言った。

「は? 今食ったばっかだろ」

「足りねえんじゃ」

翠は来週末に控えている手術に向けて絶食があるらしく、最近ご飯の量が少ない事がネックになっているようだった。

明日には小さい頃から伸ばし続けているという、自慢の髪の毛もばっさりとカットしなければならないとかで、少し元気がない。

入院した当日は殺風景だったこの病室も、今では生活感が溢れ始めていた。

花瓶に生けられた秋桜とガーベラが、清らかな桃色に揺れている。

そして、翠が眠るパイプベッドの枕元には、いつも翠色の折り目が何羽か置かれていた。

「補欠、見て」

翠は金色の髪の毛を一まとめにしていて、笑顔で窓の外を指差した。

「この病室から南高が見えるの! 超小さいんだけどね」

「ああ、うん。知ってる」

「あたし、毎日、ここから見てるよ。補欠が居眠りぶっこいて、先生から怒られてるのとか」

確かに、居眠りぶっこいているけど。

見えるはずがない。

学校はずっとずっと向こうに見えて、小さな米粒のようなのだから。

おれは笑った。

「見えるわけねえじゃん。お前はエスパーか」



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