太陽が見てるから
あの花がきれいだから、なんて言ったら花菜に笑われてしまうのだろう。


だから、言わないことにした。


「お腹へったでしょ? 着替えてきなよ」


みんな、もう行ったよ、と花菜は忙しそうに洗濯場へ走って行った。


大きな洗濯かごをかかえて、チャキチャキと素早く。


タフな女だと思う。


あの炎天下で長時間に渡る試合に、疲れただろうに。


勿論、おれの胃袋はすっからかんだったし、東ヶ丘と西工業の試合もこの目で見届けたい。


でも、おれはその場から離れられなかった。


その花が、あまりにも美しかったからだ。


しばらく立ち尽くしていると、岸野が呆れた顔で現れた。


「ほんと、マイペースでよく分かんねえ男だなあ。夏井は」


ハッとして振り向く。


岸野はもうすでに、ジャージに着替えていた。


「あ、岸野」


「あ、岸野。じゃねえよ」


クックッと肩で笑って、岸野が続けた。


「監督が呼んでる。早く来いって。大至急だってさ」


思わず、あっと声をもらした。


花に見とれて、すっかり忘れていた。


バスに乗り込んだ時、監督に言われていたことを。


「ほら、バッグとサポーターかせよ。部屋に置いてきてやるから」


「ああ……ごめん。ごめんな、岸野」


そう言って、おれはスポーツバッグと、アイシングのサポーターを岸野に渡した。


そして、2階の1番奥の監督の部屋に駆け足で向かった。


ドアをノックすると、すぐに監督が出てきて、おれを部屋に入れた。


「入りなさい」


「おす。失礼します」


1人部屋ってのは、どうしてこうも高級感があるのだろう。


畳の、青臭いにおい。


光沢感のある、木のテーブル。


床の間にはいかにも高そうな掛け軸が垂れていて、いかにも骨董品のような花瓶に、和の花が生けられていた。


「そこに座りなさい」


< 328 / 443 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop