太陽が見てるから

擦れ違う心

春色の甲子園球場を見てみたかった。

春の甲子園球場の土を、この履き馴れたスパイクで踏み締めてみたかった。

苦いエスプレッソコーヒーに濃厚なミルクを一滴ぽとりと落として、マドラーでひと掻きしたような空だった。

青い空に白い雲が絡み溶けたようなマーブル色の上空を駆け抜けた一球は、儚さばかりを残した。

初戦、初回。

マウンドに立った本間先輩は、県立北高校の5番打者からスリーランホームランを浴び、春の甲子園への道のりは閉ざされる事になった。





南高校、初戦敗退





負けた翌日の地元スポーツ新聞の一面を、でかでかと飾った青い文字。

本間先輩は、夏にかける、と涙を呑んだ。








10月になり、残暑の面影もどこへやら。

ワイシャツから学ランへ衣替えとなり、校内は学校祭へ向けて慌ただしくなった。

おれは翠への気持ちにはっきり気付き、でも、何の代わり映えのないいつもの学校生活を、日々淡々と送っていた。

いわゆる、片想いというやつだ。

今日は年に一度の学校祭で、校内のあちらこちらで他校の生徒の姿もちらほらと見受けられた。

おれ達のクラスの出し物は屋台で、校庭でお好み焼き屋だ。

たこやき、と手書きで書かれた赤い旗が取り付けられた手作りの屋台。

ベニヤ板で作られた薄っぺらい屋根の軒下に、赤いちょうちんを2つぶら下げて。

大きな鉄板からは熱い湯気が立ち上ぼり、キャベツに小麦粉豚肉などの材料と、お好み焼きソースの混ざり合ったこうばしい香りが漂った。

「ちょっと、補欠! キャベツ切りな」

屋台の裏方でキャベツをザクザク刻んでいた翠が、売り子をしていたおれに鋭く尖った包丁を突き出した。

「うわっ! 危ねっ」

釣り銭の入った小箱にお客さんから貰ったばかりの300円を投げ入れ、おれはテーブルにぶつかりながら仰け反った。

「殺す気かよ!」

「ああ? キャベツ切らないって言うなら殺す」

と翠は言い、キャベツの千切りが張り付いた刃先をおれに向けたまま、けたけた笑った。

豪快な女だ。



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