太陽が見てるから

涙の大逆転

感情まかせに走り出したものの、おれは完全に補欠だった。

夜の正面玄関が閉まっている事くらい、分かっていたくせに。

人間の突発的な感情とは、恐ろしいものだ。

無我夢中になると、我を忘れる。

正面玄関の鍵が閉まっている事すら忘れてしまうほど、おれの感情は高ぶっていた。

「クソ、閉まってる」

ガン、と硝子戸を蹴っ飛ばし、校舎裏の非常口へ回った。

そこから夜の校舎に飛び込んだ。

暗すぎる漆黒の廊下はひんやりと冷たくて、非常ベルの真っ赤な明かりがぼんやりと滲んでいた。

「うへっ、不気味ー……」

ぼそりと呟いた声はしんなりと廊下を駆け抜け、暗闇のずっと向こうに吸い込まれて消えた。

この学校には3つの階段がある。

普段、あまり使用されない東階段と、来客専用の西階段、それから主に使用されている中央階段。

おれは中央階段に向かい、一度も立ち止まる事なく、3階まで一段飛ばしで一気に駆け登った。

上履きに履き替える事も忘れ、ローファーの少しやわらかいカツカツという音を響かせて。

きつい練習で疲れ火照った体は、それでも、思ったよりも軽くて良く動いてくれた。

3階の踊り場に到着したところでようやく息を整え、おれは教室へ向かって歩き出した。

あれは、きっと。

いや、絶対だ。

翠だった。

力任せに窓を豪快に閉めるような女は、夜の不気味な校舎に居るような変わった女は、吉田翠しかいないだろう。

おれは1年B組の手前で立ち止まり、静かに一つ息を吐き出した。

新しく吸った空気をごくりと飲み干し、暗くてただっ広く感じる教室に入った。

「そこ、おれの席なんだけど」

おれは言い、失敗した、と頭を掻いた。

なんとも情けない声を出してしまった。

走り疲れたからではなく、不意に口を突いて出た声はなぜだかとてつもなく情けなく、半分裏返った。

真っ暗だろう、と想像していた教室は、思っていたよりぼんやりと薄明るかった。

カーテンが開いた窓辺から、丸く太った半月の細い一筋の光が教室に射し込んでいた。



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