涙は煌く虹の如く
第6章 憤怒
明くる日の昼下がり。

「………」
離れの勉強部屋に座って佇んでいる丈也がいた。
カーテンがピシリと閉められて陽の光が一切入ってこない部屋は薄暗く、どこか異世界を思わせる雰囲気に満ちていた。

「ジィジィ、ジィジィ……」
「カナカナカナカナ……」
アブラゼミとヒグラシが共に自分の存在を残すべく短い生命を通して力いっぱい鳴き続けている。
休息を取っている時、そして勉強に集中している時ですらも疎ましく思っていたこれらの音も今の丈也には響かなかった。

あの後丈也は美久を必死になって追いかけた。
「美久、聞いてくれ…!」
そして懸命に状況を説明しようとした。
しかし、それが無意味な行動であると悟るまで時間はかからなかった。
「…………」
その時の美久の表情を丈也は忘れることができない。
彼女は一切の喜怒哀楽を捨ててしまったかのような無機的な表情になっていた。
美しさを通り越して、何か粘土細工や彫像といった類の硬質さを漂わせていた。
「……美久……」
丈也は美久が自分を完全に拒絶していることを理解した。
と同時に数日前の湖での出来事もハッキリと思い出した。
そう、自らの雄としての本能を美久にぶつけようと試みた自分の行為を。
「あ………」
もう美久の心の中に自分がいない…
そして、その理由は盆踊りの件だけではない…
「ごめん…美久……」
自分の手を振り払って去って行く美久の後ろ姿を丈也は正視できなかった。

「………」
丈也はほとんど寝ることができずに今までの時間を過ごした。
(俺、ここに何しに来たんだろ…?)
これまでも何度か思った言わずもがなの疑問が湧いてくる。
当然、都会の喧騒を逃れて受験勉強に集中するべくU島を訪れた。
そのことは今でも自覚している。
しかし、自分がこの島へ来たことで美久をはじめとする海斗家はおろか他の島民たちに対しても何か良からぬ影響を与えてしまったのではないかと考えていた。
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