liftoff
「……あ」
 ふとハンカチを見ると、ファンデーションの色や、マスカラの色が、しっかりと移ってしまっている。思わず息を呑んで、ジルを見上げた。でもジルは、真顔でハンカチを取り上げた。そして、心配そうにジルの表情を伺っているわたしの顔を、じっと覗き込んで、そのハンカチで、わたしの目の下を、慎重に拭く。さっき、テーブルで、デザートの甘さに涙したときと同じように。
「よし……っと」
 満足そうにそう言いながら、微笑む。
 わたしは、ハッと気がついて、目の下に触れた。多分、二度も三度も塗り直したマスカラが、さっき泣いた涙で流れたにも関わらず、まだしがみついていて、残りの分が、この雨で、更にひどく滲んでしまっていたに違いない。さぞかし酷いカオになってたことだろう。
 一体、どれだけ塗ったのだろう、わたしは。
 ただでさえ紅くなっていた頬が、もっともっと、上気する。湯気が出そう。
 俯こうとしたのに、ジルが、くいっと、わたしの顎に手を添えて、それを妨げる。
 そして、わたしの目を、じっと見詰めている。
 薄暗い中に、ジルの瞳が、きらきらと光っていた。
 それはまるで、暗い海に、月が反射するような、そんな輝きだった。
 いつか、ビーチを独り見詰めていた、あの夜を思い出す。
 でも、あのときと決定的に違うのは、ジルが傍に居るということ。
 目の前に居るということ。
 心細い想いをしながら、ジルの姿を探し回る必要もないのだ。
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