皎皎天中月
 恵孝は荷を背負い、洞穴を出た。が、依然として霧は濃い。ひどく空気は冷えているが、風は凪ぎ、霧を晴らすこともない。
 恵孝は天を仰いだ。しかしそこも霧だ。息を吐くと、寒さでなお白く見えた。
 どうしたものか。しかし進むと決めた。北がどちらかは分かっている。歩き出す。

 あ、と恵孝は思った。
 思ったときには天地が反転していた。踏み外した石が、宙に舞った。真っ白な霧の中で足元が見えなかったのだ。
 激痛が体を雷のように走った。痛みの元である右足首が、おかしな方向に曲がっているのがうっすらと見える。
 自分が発した「あ」という音が耳に入ると同時に、体が地面に打ち付けられるのを感じた。

 それから、どれほど経ったろう。
 右の足首は、心の臓が血液を押し流すのに合わせて、ずきんずきんと痛む。そこから全身に痛みの波が襲う。動くことも、立ち上がることもできない痛みだ。恐らく、骨が折れている。
 右足首――姫様と同じ場所を痛めたのは、何の因果か。『月天子に会おうとした』と言うが、恵孝は何に会おうとしているのか。進もう、そして帰ろうと、決意したのは今朝のことだ。進んで、父のためにそれに会うことも、帰って、家族のために生きることも今は適わない。二日遅れて山に入ったという兵らが見つけてくれるのか。見つかったとしても、何も処置をしないままいれば、おそらくこの足は今までのように歩けなくなる。薬草を採りに山を歩けなくなる。
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