皎皎天中月

 稚宝の胸に布を巻いてから、羽雨は部屋の中に恵弾を入れた。
 恵弾は、稚宝の顔を見てはっとした。そして、一瞬にして自分の体に熱いものが走るのを感じた。それをまたぐっと堪える。絞り出すように言った。
「忠義であることと、自分の命を蔑ろにすることとは、別だ」
 稚宝は涙を拭きながら項垂れた。
 雨上がりの朝、恵弾が城に連れられ、初めて恭姫の怪我を見たとき。それから恵孝が姫を診させられたとき。恭姫の傍を離れず、懇ろに世話をしていた侍女こそ、この目の前の稚宝だった。

「あの夜、姫様を追いかけていきました」
 稚宝に、自分が怪我をしたときのことを語らせる。それを羽雨が聞きながら書き留め、恵弾はじっくりと傷と痣を見る。
「ですが、すぐに見失ってしまい……」
 稚宝は唇を結んだ。
 それから途切れ途切れにあの夜のことを話す。羽雨は問いかけ、補いながら、話を進めた。

 姫を見失って、広大な敷地の中で城への方向も見失い、稚宝はまず雨がしのげる場所を探した。辛くも、雑木林に紛れ込み、木の陰で雨と夜とをやりすごした。辺りが白み始めて周りの様子がわかると、林を抜けて姫を探した。
 姫の艶やかな衣が遠目に見えた。そこに向かった。何かに足を取られた。手をついて転んだ。腕に痛みを感じた。
「腕から、血が流れていました」
 蛇殺し草が、こちらを見下ろしていた。
< 167 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop