皎皎天中月
 恵孝は月花草をゆっくりと抜いた。地面の中から、丸々とした芋が顔を出す。親芋の周りに子芋がいくつも付いており、恵孝はそのうちの一つの子芋を先に取り、地面に戻した。芋を取り外した茎は、うさぎにやる。それから木立の下まで行き、手早く枯れ枝を集めると、それで火を起こした。朝露のついた木の葉で、土を払った芋を包み、火の中に入れる。

「焼き芋か」
 うさぎが言う。恵孝は頷いた。
「月花草の芋に火を通すと、とても甘くなるんだ。うまいし、腹持ちもいい。春の楽しみが今食べられるなんて」
「葉っぱだって、甘くて美味い」
「それはうさぎの特権だよ。人間が月花草の葉をそのまま食べると、甘さ以上にえぐみを感じるからね。それから筋が多い」
「食べたことがあるような言い方だな」
「食べたよ」
 恵孝は火に長い枝を入れ、芋を転がした。祖父の恵正は、恵孝と薬草を摘みながら、そのほとんどをすぐに口に入れさせた。見た目だけでなく、手触り、匂い、そして味を知ることで、草木の名と効能を体に覚えさせたのだ。時には解毒薬を用意した上で、毒草を口に含んだこともある。さすがに蛇殺し草は祖父も避けたが。
「春の月花草は芋を食べるか、そのままにしておくか。花が終わったら夏まで葉を茂らせて、夏の終わりに葉を摘み取って乾燥させ、頭痛薬にする」
 小さい芋を火から取り出して、葉を広げた。程よく火が通っている。いただきます、と食事の祈りをして口をつけた。

「お前、なかなか見込みのあるやつだ」
「見込み?」
 うさぎの顔からは別段、表情を読み取ることができない。相変わらず鼻にかかった声だ。
「姐さんに伝えておいてやるよ、お前のこと。俺はこの山に客があるのは嬉しいんだが、姐さんはそうでもなくてな」
 何か言おうとしたところで、うさぎは鼻を鳴らした。ややあって、小さなくしゃみをした。
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