あなたが一番欲しかった言葉
「もう課長ったら、さっきから呼んでいるのに!」

「ごめん、ごめん、春の雪なんて珍しいものだから、ついつい見とれちゃって」

「ほんとう。春の雪なんて、ロマンティックですよね」

隣に並んだ宏美が、窓の外を舞う淡雪を、うっとりした表情で眺めている。

「田口課長、分かります?この雪ってどこから来るのか」

「どこからって、雨雲が降らせているんだろう?
気温が低いから、地表に届く前に雪になってしまうんじゃないのか?」

「もう、そんな真面目くさった顔で~」

「春の雪って、昔おばあちゃんに聞いたんですけど、亡くなった人の想いなんですって」

意外な答えに驚いて、彼女の顔を見つめた。

「この世に未練を残して死んでしまった人の涙が、こうして春に雪を降らせているらしいです。
ね、ロマンティックでしょう?」

季節はずれの雪が、10年前、志なかばで逝ってしまったイサムのことを思い出させた。

同時に、あの時別れて、それっきり消息がつかめなくなった真梨子のことも。
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