あなたが一番欲しかった言葉
「カシトイの頃のあたしは、生きている気がしなかった。
睡眠不足のまま毎日車に乗せられて、そこがどこなのか、相手が誰なのか分からぬままインタビューに答え、また車で移動して、マイクを持たされて歌って・・・まるで自分が何か精密な機械になったみたいな気がした」


言葉が途切れ、サーという雨音だけが墓地を包み込む。


「歌手になるというのは、イサム君の夢であり、あたしの夢だもあった。
その世界に望んで飛び込んだのに、自分の意思とは関係なく流される毎日に、疲れてしまったの。
精神的に病んでいたのね・・・。
こんな生活は嫌、ここから逃げ出したい、死んでしまえばきっと楽になれる、本当にそう思ってた。そんなあたしを支えてくれたのが柳田だった」

真梨子は鈍色の空を見上げた。

当時を振り返っているようだった。
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