ココアブラウン
ベッドルームに入ってシーツをはずした。濡れたままのバスタオルが一緒に落ちた。
鼻を近づけると整髪料の臭いが残っていてあたしは顔をしかめた。

夫のパジャマを探す。多分、ベッドの下に放り出してある。

ーほら、あったー

ついでにベッドの下を探った。

丸まったねずみそっくりの靴下が二組と片方。

ーねずみも夫婦じゃなくなっちゃったー

すべてを洗濯機に入れて乾燥までの自働コースのスイッチを入れる。



リビングに戻る途中で廊下に置いた観葉植物がくたりと元気をなくしているのに気がついてベンジャミンに水をやる。


冬でも濃い緑のびろんとした葉。新と初めて二人っきりで話したときこの葉っぱを手に持ってたっけ。




ー新、あなたは今、どこにいるの?-





ベンジャミンの葉を一枚拾い上げた。

それから、コートのポケットに入ったままの新のマンションの鍵にその葉を結びつけた。



クローゼットを開けて身の回りのものと洋服をスーツケースに詰める。


冬の洋服はかさがあるから入りきらない分は角の擦り切れたピンクのボストンバックに詰めた。


旧姓名義の貯金通帳と印鑑をボストンのポケットに入れた。


全部を持ってリビングを出る。廊下を通って玄関で靴を履いた。




ーそうだ、忘れものー




1冊の文庫本を手に取る。

玄関を閉めて、鍵を郵便受けから中に放り込んだ。



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