水中鉄道の夜-始発駅-
「今日は本当にどうもありがとう。これ、バイト代」

 1万円をお財布から出し、トール君に渡す。

「・・・初めてのデートは楽しかったですか?」
「デートがこんなに楽しいものだとわかっていたら、もっとたくさんデートしておけば良かったって思うぐらい」

 トール君は慣れているのか、とてもスマートに行動して会話も楽しかった。
 初デートの相手としては、トール君は充分な相手だったと思う。





 渋谷から三軒茶屋まではトール君と帰りが一緒だ。

「明日は土曜日で出勤じゃないから、月曜日の朝にいつもの電車でまた会えるね」
「そうですね」
「本当にありがとう。気をつけて帰ってね」

 私は三軒茶屋のホームに降り、軽く振り返って手を振ると、トール君も微笑みながら手を上げて答えてくれた。
 それだけ確認し、私はホームを出るために歩き出す。

 月曜日から、またトール君に会うのが少し楽しみに思えた。
 トール君の乗ってくる駅から、青葉台までは急行で一駅だったから、ほんの10分もない時間だ。
 それがくすぐったいような気がして、そっと笑みがこぼれてしまう。

 有給を取って家に帰り、お見合いして、そのまま結婚してしまってもこの思い出はきっと忘れないだろう。

 アコガレの先輩に似ていたからと声をかけたけれど、トール君は先輩と全然違う。
 きっと先輩なら、今日みたいなデートは嫌がるだろうし、あんまり話も出来なかったはず。
 トール君だからこそ、今日のデートは楽しかったんだと思った。

 大恋愛に憧れて、結局恋も出来ないまま大人になっちゃったけれど、後悔はない。
 都会のネオンが星のない夜空のかわりの様にチカチカと瞬いている。
 どんな事があっても、私はいつでも真っ直ぐに生きてきた。
 これからも真っ直ぐに進んでいくつもり。

 人生を線路に例えるのなら、私の電車は、次はどこの駅に停まるのだろう・・・・・。

 お見合い・・・前向きに考えてみようかな?
 写真の相手の人、結構男前でいい人そうだし。

 幸せは大恋愛なんてしなくても、意外とすぐそばにあるかもしれない・・・・。
 そっと小さくスキップしながら、自分の家へと歩いていった。






            - END -
< 13 / 14 >

この作品をシェア

pagetop