ほんのあいだ
とある図書館の受付で、私は、人を待っている。

別に約束をしているわけではなくて、ただ、待っているだけだ。


あ、来た。


彼が入ってくるのは、なんとなく勘で分かる。ふと、入り口の自動ドアに視線を送ると、ちょうど彼が入ってくるところだった。

私に気が付くことなく、目的の本棚へ向かう彼を見つめる。

気が付くも何も、彼は私のことなど知らないのと同じだ。

彼にとって私は図書館の受付の人であり、彼自身は多くの来館者の一人である。

この間彼の借りた本のバーコードを入力したのが、私であるか、隣で私を睨んでいる同僚の大谷一穂であるか、記憶していないだろう。


「佐和。」


佐和というのは私の名前だ。一穂が私を呼んでいる。


「暇だからって、ぼうっとしすぎ。」


一穂はそう言って私の頭を軽くはたくと新刊の入力作業に戻った。

私は別にこの同僚に憎まれているわけではない。

この仕事について3年、彼女とはよい友人関係を築くことが出来たと思う。

仕事が終わった後に食事に出かける事もある。

そこでは、何でも隠さず話す事が出来たし、彼女も何でも話してくれた。

そうして3年も付き合っていれば性格も行動パターンも大体見当がついてしまう。

だから、私が彼に向ける視線にすぐに気が付いてしまったというわけだ。


「借りに来るまでそこにいなよ。」


パソコンの画面を見たまま、一穂が私に言う。
そろそろ受付業務と入力作業を交代する時間だったのだが、気を利かせた友人が彼が来るまで受付にいていいと言ってくれたのだ。

彼が来たときは大体私に受付を任せてくれる。一穂は本当に優しい子だ。

でも、実は彼女が受付業務が嫌いなことも私はよく知っている。


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