月影
あの日の翌日、拓真はクロスを退店した。


最後ということもあり、店には拓真のお客ばかりで、一日の売り上げでトオルさんに勝って終わったらしく、彼は誇らしげだった。


だからあたしも嬉しかった。



「愛里が居るし、次の店では俺も、怖いモンなしだな。」


そんな風に言ってくれたことを覚えている。


あの日以来、拓真はあたしのことを本名で呼ぶ。


拓真の本名は翔といい、聞いた時にはそっちの方が源氏名っぽいな、と思ったほど。


拓真は何でも隠さず教えてくれた。


キャバとホストなんて生活時間は合わないけれど、それでもなるべく多くの時間をあたしのためにと裂いてくれる。


クロスを退店した翌週には、彼は新たな店での生活を始めた。



「キングス・コードだっけ?
どんな店なの?」


「んっとねぇ。
やっぱ新しいから綺麗だね、内装は。
大きい店じゃないけど知ってる人多いし、やりやすい感じ。」


ふうん、と返した。


あたしは未だアイズに居るけれど、そんな話を聞くと、素直に羨ましくもなったのだ。


ジルとはあれから、連絡を取ることはおろか、姿を見ることさえなかったけれど、やはりいつもと変わらず楽しそうな彩を見ると、正直苦々しくもなっていた。


アイズに居る限り、緊張の糸を切らすことは出来ないのだ。

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