幸せの契約
「それにつきましては、ご安心ください。平瀬様のお住まいは別に移られております。」

芳賀さんが控えめに言う


「は?」


状況が飲み込めない私を尻目に蔵之助さんは淡々と話を進める


「平瀬さん、女性に風呂無し四畳半の古いアパートにはお薦めできないな。
勝手とは思いましたが、アパートは解約しました。」



絶望と怒りが駆け巡る
握る拳に力が入った


「なに勝手に…!!
私の家をっっ!」


カァっと顔に血が昇る


「新しいお住まいに、今までお使いでしたお荷物はお運びしております。」


芳賀さんがまた控えめに言う


「新しい住まい?」


顔の強ばりも緊張も溶けないまま私は聞いた


「私は不動産も手掛けていてね。その伝で平瀬さんには新しい住まいを用意させてもらいましたよ。

ご心配しなくても大丈夫ですよ?前のアパートより少し広くなるだけですから。」


ニッコリ笑う蔵之助さんは……見るからに怪しい



萩乃宮家なんて関係無い


このタヌキおやじっっ!!


「何か、不便なことがあれば犬居に言ってください。私にできる限りのサポートをしますから。」


極上の笑顔と怪しさが蔵之助さんから溢れてくる


「参りましょう。鈴様。」


犬居さんが私をドアへと促した


私はドアと交互に蔵之助さんを見る


「私たちの交わした条件を忘れないでくださいね。

…あなたの幸せを願っていますよ。」


部屋を出る時
最後に見たのは、今まで見たことの無いような慈愛に満ちた笑顔だった…













私がこの笑顔の意味を知るのは…ずっとずっと後のこと……
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