冬うらら2

 オオカミは、まだウロウロしている。

 羊のカイトを、食おうと言うのか。

 そんな彼の心も知らずに。

「今日は、すごく嬉しかった…ありがとう」

 暗闇の中で、メイは今日の記憶をよみがえらせているのだ。

 素直な言葉も、いまのカイトには針と同じだった。

 オオカミが、見ている。

「『可愛い』…って、お世辞でも言ってもらえて嬉しかった。ホッとしちゃった」

 グォァオー!

 咆哮が響いて、オオカミが木々の陰に駆け込む。

 オオカミの代わりに、トラが出てきたのだ。

 トラの名前は―― 嫉妬。

 彼女を強く抱きしめるのは、『オレのものだ』を、そのオレとやらに実感させるため。

『可愛い』なんて言葉くらいで、嬉しいなんて。

 カイトの中で、トラが暴れる。

 他の誰よりも、カイトが強く思っている言葉だ。

 そんな彼の気持ちに、ほかの誰もかなうはずがなかった。

 なのに、うまく伝えられない。

 彼女を『可愛い』という言葉で、幸せにしてやれていないのだ。

 嵐のように、言葉が荒れ狂う。

 あまりにすごい勢いで飛びすぎて、唇が捕まえきれないのだ。

 彼女の身体を引き寄せて、ぎゅっと抱く。

「オレの方が…!」

 オレの方が。

 オレの方がもっと。

 メイのことを思ってるし、価値を知っているし、可愛いとも思っている。

 こんな女は、ほかにはいねぇと―― 言葉は、嵐の中の看板のように飛んでいってしまった。

 トラが去った後には、またオオカミと羊のにらみ合いが続いて。

 カイトは、眠れぬ夜を過ごした。
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