コリン姫の切ない切ないエッセイ集
さよなら母の乳房
明日入院するから。
そんな一言で私は母の乳癌を知らされた。
これが見納めだからアンタが赤ちゃんの時吸ってたおっぱい見といて。
母は笑顔でペロンと服をめくり少し腫れて変形したそれを私に見せ、触らせた。
なんでこんなになるまで病院に行かなかったのよ!
私が怒っても今更どうにもならない。
父は傍らで動揺を隠すように優しく微笑んでいた。

手術は無事に終わった。
私と父は切り取られた母の乳房を前に説明を聞いた。
よろしいですか?と主治医は断ってからメスで乳房を真っ二つに切り、白くコリコリした癌を示した。
父はギョッとして私の顔を見たが私は冷静に母の乳房を見つめていた。自分でも不思議なくらい冷静に。
さよなら母の乳房。
さよなら私のおっぱい。

こんな時でもお腹は空くものだ。空腹感に襲われて初めて時計を見た。病院の前の中華料理屋で遅い昼食を父と二人で食べた。いざ食べ始めると食は進まない。どうでもいいような世間話をしながら頑張って食べてみたが結局二人で残してしまった。

翌日、仕事を終えてから病院に向かった。痛がっている母を見るのは辛いなーと気が重かったが…。
なんのことはない!母はベッドにちょこんと正座してお茶碗と箸を持ち食事を完食していた!
ほら見て!と母は両手を頭の上まで高く高く上げて万歳までして見せた!
なんとまあ!
看護婦さんにリハビリは必要ないですねと笑われたそうだ!
なんとまあ!
私は嬉しくて泣きそうになり顔が歪んで困ってしまった。
悲しくて泣くのは恥ずかしくないが嬉しくて泣くのはかなりバツが悪いものだ。そんなつまらない事を思い知らされたりした。

あんたは仕事もあるし毎日見舞いに来なくていいよ。マメなお父さんが洗濯もしてくれるし家のお茶まで持って来てくれるから。この通り大丈夫だから。

母は辛い時に笑える人ではない。本当に母は大丈夫なんだと思った。

驚くほど潔く前向きに母は乳癌の手術に挑んだ。
その姿は神々しいほど立派だった。

私がもし将来乳癌になってもジタバタせず潔く手術をしてもらうだろう。娘にとって母親は人生の手本となる。
母が初めて立派な手本になってくれた気がした。


【私は乳癌なんか恐くない】
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