堕天使の涙
堕天使の涙
「…私は…あの時…手術費を稼ごうと…。」

言い終わるよりも前に彼が遮った。

「うん、分かってるんだ。分かってるんだけど…。何しろあんな生活を続けたんだ、本当かどうかはっきりと知る権利があると思って…。」

やはり私は何も言えなくなっていた。

「最後に…本当の事が分かって…嬉しかったよ。」

彼は私に、あの屈託無い笑顔を見せぽつりと呟いた。

雨は依然弱まる事無く私たちを包み込んでいた。


最後…?

最後と、確かにこの青年は言った。

再び彼はゆっくり歩き始めた。

「おい…。」

私はフェンスを両手で掴み、彼に強く呼び掛ける。

「妙な事を考えるんじゃないぞ!」

私は生涯、これ程までに 大きな声を出した事は無かっただろう。

雨音を切り裂くような雷鳴が響き、その叫びは彼に届いたかどうか…。

「嬉しかったよ…。会えて良かった」

彼は一度こちらへ視線をやると、また私に背を向けた。

「待て!」

ようやく声が届いたのか、彼は体を止めると、顔だけをこちらへと向ける…。

「待つんだ…。まだ、間に合うはずだ。こっちへ、ゆっくりとこっちへ来るんだ。まだ…間に合う!」

雨音に負けないようにと力の限り声を振り絞った。

彼は…義之は…振り向き、こちらを向くとフェンス越しに私の手を握った。

「間に合わなかったんだよ…何もかもが…。」

ゆっくり後方へと彼は倒れて行く…。

呆然と…私はその光景を…ただ眺める事しか出来なかった。

だが、轟く雷鳴の中、打ち付ける豪雨の中、私は聞いた。

「ありがとう…。」

彼の最後の言葉を。
< 21 / 22 >

この作品をシェア

pagetop