白銀の景色に、シルエット。
 今でも思い出されるのは、おじぃが俺を呼ぶ声だけだ。

 そんなおじぃだったからか、おじぃが死んだ日も通夜も葬式も一度も泣かなかった。いや、泣けなかった。

 泣くほどにおじぃとの思い出がある訳じゃない。


 そんな俺にとって、「起きれよ父ちゃん」と言って泣くお父や、「私が先に死ねば良かった」と泣き喚いたおばぁはどこか特別だった。


「おばぁ。暑くないか」

「……んん」


 暑くはない、そう受け取れる返事。俺は「分かった」とだけ言い、靴を履いて屋上に上がった。

 屋上へ続く階段は急なもので、この階段によっておばぁは腰をダメに<悪く>した。

 それもあってか、屋上へはあまり上がらないようにと躾られて来た。が、上るなと言われたら上りたくなるのが子どもの性。


 親の目を盗んでは度々、上っていた。


 実家であるこの家の屋上から見る景色は最高に良かった。

 田舎の山の方にあるせいか、町並みを見下ろす形になる。夜は灯りがない分、星が綺麗に見えた。


 正月以来、久し振りに上った屋上は蜘蛛の巣が張り巡らされていたりとあまり良くない環境ではあったが、そんな不快感すらどこかへやってしまうパノラマがここにはあった。


 排気ガスに汚染されていないまっさらな空気を肺一杯に吸い込んで、慎重に階段を下りた。


 旧盆初日、ウンケー<お迎え>である今日は特別忙しい訳でもない。

 何をしようかと考えていると、玄関の方に人影が見えた。思わず立ち止まり、その人物を見つめる。

 おじぃの一年忌がまだ済んでいない為、客は来ないはずだ。誰かと窺って、俺は目を疑った。


 玄関の方に突っ立っていたのは、見間違えるはずもない――おじぃの姿だった。





≫後編に続く!
< 28 / 107 >

この作品をシェア

pagetop