センチメンタルな季節【短篇集】
今度は微かに香る煙草の香りではなく、むせ返るような強い匂いである。
しかし、不思議なことに喫煙者ではない嫌煙家の男にとって、それが不快だとは感じなかった。
むしろ、女の言葉と煙草の匂いは甘い麻薬か何かのように男の道徳と常識の感覚を狂わせた。

ふたたび眩暈。

しかし、それは煙草と眠気の所為で はないと、男は気づいた。
けれど、気づかないフリをした。

自分自身に。



暗雲に覆われていた月がやっと現れた。今夜は上弦の月。微かな月の光に照らされた女の顔は寒気がするほど美しく。

残された理性やら未練を振りほどくように、

男は女を力強く抱きしめた。


四月の東京は、まだ肌寒い。


女が艶やかに笑う。

「このまちに未練なんてないのさ。」
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