忍抄(しのぶ・しょう)
一 一目惚れ
 俺の名はは設楽吾郎(しだら・ごろう)という。

 大手電機メーカの『OFD』という会社の技術者だ。半導体回路の設計をしている。つまりIC(アイシー、インテグレーテッド・サーキット)チップを作っているのだ。携帯の中身やコンピュータの中身を見たことがある人は、その中の基盤に載っているゲジゲジみたいな部品を知っているだろう。あれを作ってるのだ。

 毎日、コンピュータのディスプレイに向かってプログラムを走らせたり、計算してみたりと、脇から見るととても知的なことをやっているようだが、どっこい、実際は体力勝負の仕事だ。複数の人間が関わっているから、自分のために全体の仕事の進行を遅らせることは出来ない。そして最初から予定通りに進むこともまずない。よって、何週間も夜討ち朝駆け、もしくは会社に寝泊まりする嵌めになるのも珍しくない。

 俺はどちらかというと寡黙で話題も豊富じゃないので、女の子と付き合ってもうまくいった試しもなかった。
 ゲームなんかの話が出来ればいいが、毎日コンピュータに向かっている俺にとっては、ゲームなんかに興味は湧かなかった。

 それよりも気晴らしに旅行したり、時間が無い時は映画に行く方が良い。
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