*短編* それを「罪」と囁くならば
 




《彼》の背中を見つめる。
頭の隅では、《彼》は何と答えるのだろうかと考えていた。
“恋人”などでは、絶対にありえないだろうけど。
由奈に一度も振り向くことはなく、《彼》は何も言わないまま出て行った。


―バタンッ


由奈一人になった広い部屋に、扉を閉める音だけが虚しく響いた。
《彼》が出ていった扉を見つめて由奈は小さなため息をつく。
ベッドのシーツに残る《彼》の温もり。
さっきまで“ここ”にいたという証。
この証はしばらくしたら消えると当然わかっていたが、由奈は寂しさを埋め尽くすよう温もりと共に、静かに目を閉じた。


―《彼》が好き。
ただ……その想いだけ。




たとえば《彼》が甘い蜜を吸う蝶だとしたら。
次々と蝶を誘う香りの花に止まって甘い蜜を吸っては残り香まで花を誘惑してしまう。
まるで出口のない迷路に止(トド)まり、迷いながらも残り香を頼りに抜けられない快楽と蝶を求めるのだ。
蝶は本当に気まぐれで。
求めてしまったらもう、同じ花には止まってくれない。
わかっていても求めてしまおうとするのは誘惑に弱いからだ。
だけど、求めても求まなくても変わらず。
永遠に出口のない迷路にきっと花はさまよい続ける。




 
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