カフェ・フリーダム 1.バンコクの刑務所
バンコクの刑務所
天井で、大きな扇風機がカタカタと音を鳴らして回っている。

湿った枕が首元にベッタリ張りつき、時折まったりとした脂の臭いが漂ってくる。

ぼくは壁に所々ついた茶色いシミを、ぼんやりと眺めていた。

『また来ちゃったな・・・』

心の中でそうつぶやきながら、一人、苦笑いをした。

殺風景な部屋に一つだけ付けられた蛍光灯の周りを、茶色い蛾が飛んでいた。






2008年1月、ぼくはバンコクのカオサンロードにいた。

このカオサンという町は、爆音轟く表通りからドブネズミが走り回る路地裏に至るまで、大小様々な安宿がひしめきあっている。

そしてこの町は、世界中からバックパッカー、外籠り、ニート、ヒマ人・奇人・変人に至るまで、先進国の窮屈な社会からはみ出してしまった奴らが集まってくる<人間のゴミ捨て場>のような場所でもある。


この町に長くいると、例えば朝っぱらからどこからともなくマリファナの甘い香りが漂ってきたとしても、ベニヤ板一枚で仕切られた隣の部屋から昼間にも関わらず激しいあえぎ声が聞こえてきたとしても、また、真夜中に全身タトゥーだらけの白人男が奇声を上げながらドアを殴ってきたとしても、こういうことには段々と鈍感になってくる。


日本にいると一年に一回くらいしか起こりそうにないこの種の出来事は、このカオサンという場所では、ある種日常のようになってくる。


そうすると、日本にいるときこだわっていた小さな問題や悩みは、どうでもよく思えてくるのだ。

この町に流れる空気は、ぼくの体にねっとりと染みついた窮屈な社会のしがらみや常識を、簡単に流してくれる。




このカオサンという町を一言で言うなら、<自由の町>だろうな・・・と、そんなことを考えながら、枕の横に転がっている腕時計を見ると、もう11時を回っていた。

今日は珍しく予定があるのだ。

ぼくは汗臭いパイプベッドからのっそりと起き上がり、床に履き捨てたビーチサンダルの上に足を置いた。

そろそろ出かけなければ、午後の面会時間に間に合わなくなってしまう。

ぼくは今日、この自由なバンコクで、最も不自由な暮らしをしている日本人に会いに行くのだ。


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