粉雪
静かな部屋に、ポタポタと蛇口から水滴の垂れる音だけが聞こえ続けた。


マツは何かを考えながら、ゆっくりと煙草に火をつけ、深く吸い込んで。



『…こんなことになるなら、“抱いて”とか言われた時にさっさとヤっとけば良かったんだよ。』


「ははっ、勿体無かったね。」


マツの言葉に、少しだけ笑顔を向けた。


そして、短くなった煙草を灰皿に押し当てる。



『…ぶっちゃけ、あの写真見た時、言葉が出なかったよ。
お前を俺のものにしても、多分一生、隼人さんの影がチラつくんだろうな。』


言いながらマツは、悔しそうに唇を噛み締めて。



「…いつかこーなること、わかってたのかもね。
それでも隼人は、あたしのこと手放したくないんだろうね。」


金平糖を見つめると、隼人の笑顔を思い出して。


何でこんな風になったのかな、って。



『…敵わねぇな、あの人には…。』


同じように金平糖を見つめ、マツは呟いた。


きっとあの人は今も、どこかであたしのことを見てるだろうから。


なのにあたしだけ、あの人の姿が見えないなんて。



『…やるよ、コレ…。』


そう言って差し出されたのは、小さな鍵だった。



『…トランクルームのだから。
もぉ、お前が持ってろよ。』


「…うん…」



トランクルームには、隼人との思い出の品がたくさん眠っている。


だけど今はまだ、この鍵を使う勇気はないよ。




『…この店、結構儲かってんだろ?
引越しでもしろよ。
荷物の入る部屋にさ。』


「ははっ。
でも、あの部屋結構気に入ってんだよ?」


『…そっか。』


マツはそれ以上、何も言わなかった。




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