粉雪
『…ごめんな、ちーちゃん…。』


隼人はゆっくりと、あたしに声を掛ける。


瞬間、ハッとしたように顔を上げた。



「…大丈夫…。」


一呼吸置き、あたしも口を開いた。


もぉ口癖みたいになっているような言葉。


だけどこれ以外に、何も言えない。



『…あれ、獅龍会の若頭、河本って男だよ。
ヤツにとって、俺は都合の良い“シノギ”だから。』


机の上に置かれたメロンを見て、隼人は諦めたように笑う。


“若頭”は実質、組のナンバー2だ。


そんな人と、隼人は仕事をしているの?



「…どーゆー意味…?」


『…組員にもさせられないような仕事は、俺にまわすんだ。
俺がこの仕事してられるのも、ヤツが見て見ぬ振りしてるからなんだよ。
“持ちつ持たれつ”なんて言うけど、分かるでしょ?上下関係。』


そう言うと隼人は、皮肉っぽく笑った。



“本田賢治”としての隼人を、この日初めて見た。


二人の重圧に、立っているだけでもやっとだった。


こんな隼人なんて、好きじゃない。


こんな顔する隼人なんて、好きじゃないよ。


本当は怖くて、泣き出してしまいそうだった。


だけどあたしは、“隼人の女”だから。



「…冷蔵庫入れるね。」


それだけ言い、フルーツのバスケットを持って隼人に背を向ける。


一瞬、隼人の悲しそうな顔が見えた気がした。


だけどあたしは、それを振り払うようにして冷蔵庫に足を進める。


今口を開けば、“もぉやめて”って言ってしまいそうで。


あたしは、そんな女にはなりたくないから。



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