青碧の魔術師(黄昏の神々)
彼が目醒めた。

暗い部屋に浮かぶ陽光。

射し込む明かりは、窓をおおう鎧戸の隙間からいく筋にも別れて、強い光を床に照らしていた。


ゆるりと身体を起こすと彼は軽く頭を振って、覚醒へと自身を促す。

久しぶりに見た愛しい女の夢だった。


『逢いたかった』


『逢いたく無かった』


複雑な感情が心をよぎる。

『彼女が亡くなって、もう幾千の夜を数えただろうか』


青年の脳裏に幸せだった時の光景が鮮やかに浮かんで、思わず口元が綻ぶ。

彼女と過ごした時間は、黄金色に輝いていて、稀にみる楽しい時間だった。


『感傷に浸るなどと、俺らしくもないか……』


暗い部屋で鈍く光る青銀の髪を、かき上げる動作の中に、混じり込む声があった。


「あ――。ようやく起きたよ。寝坊すけが……。起きるの待つ身にも、なって欲しいよ……。全く……」


窓辺にうずくまる黒い小さな影がひとつ。

出窓で前足をつっぱらかし、お尻を突き出して伸びをする動物。

鎧戸の隙間から射し込む光は、伸びするそれを映し出し。


――黒いしなやかな体と、尾を持つ――


猫を映し出した。

人語を解し、話す猫。

出窓から優雅な仕草で飛び降り、二、三歩すすむと、青年のベッドに飛び乗る。

白目の無い、碧と蒼の左右色違いの瞳が、じっと青年を仰ぎ見る……。


「どした? 何だか、夢見が悪そうだけど?」


青年は、猫の問い掛けには答えず、ベッドから出ると出窓へ歩み寄り、鎧戸と窓を開けた。


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