たとえばそんな静寂の中で

GET OUT

「北条紅実だっけ?なんか源氏名みたいじゃない」

茜は何通目かのメールの返信をし終わって、どうやらさっきの会話の続きに入ったらしい。

おねえちゃんの講義は心理学概論とでもいうべきで、恋愛心理学とか雑誌に載っている占いめいた授業を期待していた学生たちにとってはつまらないものといえた。


「べにみ、って読むのかな?ね、房枝?」

「くみ、よ。ほうじょう、くみ」

「親が凝ったんだね。ルビー?さくらんぼ?なんだかそんな印象」

茜はカチカチと音を鳴らしてシャープペンの芯を出し、ルーズリーフの端に「北条紅実」とおねえちゃんの名前を書いた。

そして、その隣に「房枝」とあたしの名前を書いた。


「ふふ、同じ苗字だと親子みたいね」

イヤになる。

名前の字面をおねえちゃんと並べられるだけでもあたしは憂鬱な気分になる。

おねえちゃんの名は大切に育てられた宝石のような唯一無二の果実。

あたしの名前は群れてだらりとぶら下がる葡萄だ。一粒だけじゃ売り物になりゃしない。

22歳のうら若き同級生は、アンナとかルナとか「海外でも通用します」と両親が気張ってつけた名前がいっぱいいるのに。

< 19 / 27 >

この作品をシェア

pagetop