サラリーマン讃歌
お金に不自由すると云う事は当然なかったのだが、一種のストレス発散としてスリルを味わっていた。

元来、頭の良い空見子は高校三年のたった一回の失敗までは、一切万引き行為を見つけられる事がなかった。

そのたった一回が最悪のケースで起こってしまったのである。

新学期、早々である四月の始めにあの河野に補導されてしまったのだ。

その時期に父親の登が市議会議員に初立候補していたのだ。

前々から「この愛すべき地元を俺が変えるんだ」と口癖のように言っていた登は、市政に関わっていく事がひとつの夢であった。

ちょうど空見子が補導された日が、選挙戦真っ直中である公示日から二日目の事だった。

ファザコンとも云える空見子の父親への思いを考えれば、後の事は容易に想像が出来た。

だからこそ、そんな空見子の弱味に付け込んで河野がやった行為は、決して許せるものではない。

そのような行為を何度も強要されたそうだが、ほとんどは何かと言い訳をつけて誤魔化してきたらしい。

「でも……二回……二回だけ……は……どうしても……断りき……れ…なかったの……二回……」

そう泣きじゃくりながら話す空見子を、梓はただ抱き締めてあげていたそうだ。

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