サラリーマン讃歌
なかばヤケクソになって、そう叫ぶ俺はただの変質者だった。このまま逃げだしたい衝動に駆られた。

「なんで?」

しかし、予想に反して彼女は至って冷静だった。

「はっ?」

今度は俺が疑問の声をあげる番だった。彼女はそんな俺を見て微かに笑った。

「なんで知りたいの?」

「なんでって……そりゃ、知りたいから」

「あのね、おじさん。それ、答えになってないよ」

クスリと笑いながら俺を見上げる。十は離れているであろう彼女に完全に呑まれていた。

俺は営業という職種にありながら、商売道具である口からは一切言葉が出てこなかった。

「一ノ瀬 空見子(くみこ)」

唐突に彼女が言った

「へ?」

「知りたかったんでしょ、名前?」

不思議そうな顔をしている俺を見て、不安になったのか、彼女はそう尋ねてくる。

「……ああ」

それ以上言葉は続かなかった。彼女を見ているだけで満たされた様な気持ちになっていた。

「じゃあね、おじさん」

何も話さない俺に痺れを切らしたのか、腕時計をチラリと見ると、空見子はさわやかな笑顔を残して立ち去っていった。

空見子が立ち去った後もその場を動くことが出来なかった。

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