馬上の姫君
「木造が思いのままになった今、信長はふたたび伊勢に侵攻し、雲出川南岸の国司家領内を蹂躙するに違いない。具教殿に力を貸してやりたいが、今のワシではどうすることも出来ぬ。無念であるが、与志摩、…万が一の折は松姫を守って具教殿ともどもこの伊賀へ来るが良い。…これは今井の鉄砲鍛冶久右衛門の手になる短筒じゃ。松姫に渡してくれ」
 妹の身を案じる承禎は実弾とともに与志摩に託した。
「お屋形様には、ご心配をおかけするような事ばかりお知らせせねばならぬことをはなはだ恐縮に存じておりまする。我が御台屋敷周辺にも危機が迫っておりますれば、これにて失礼をばいたします」
「そうか、なにかあったらまた知らせてくれ。松姫をたのんだぞ…」
「承知致しました。それでは御免仕ります」
 夕闇が訪れて、伊賀の山風が周辺の木々をざわめかせた。
かつて小脇の荘に住み、承禎の武将であった四郎高綱の末裔佐々木与志摩忠綱は、ふたたび女佐の臣となって波多の横山の御台屋敷へ帰って行った。
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