ラストライブ
*5
それまでの、カウントさえバラバラの聞くに耐えないバンドの演奏が終わった。

浅美と絵梨は、急いで席を立ち前方へと詰めよった。

今日は、客も少なく上手の3列目を確保することができた。

暗幕が閉まってから、人が行き来し楽器の準備をする気配が、幕越しにも感じられた。

浅美は、このなんともいえないドキドキする瞬間が好きだった。

今日は、どんな衣装だろうとか、何の曲目を演奏してくれるのだろうとか、頭を巡らせ想像するのが楽しかった。

彼らはまだそんなに曲のレパートリーを持ち合わせてはいなかったが、それでもその中に思い入れのあるお気に入りの曲が数曲あった。

そんなことに思いを馳せているうちに、舞台の準備は整いお目当ての彼らが登場した。

ほどなくして、彼らの演奏が始まった。

浅美にとっては、彼らの演奏だけが他とは特別に違う夢のような世界に感じられた。

彼の言葉だけが、救いの光を落とす真の言葉のような気がした。

初めの曲は、ボーカルの語りから入るおとぎ話のような曲だった。

浅美は、彼の言葉に真剣に耳を傾けた。

目は、彼の仕草や衣装、その一挙一動に釘付けになっていた。

そうしていれば、ずっとこのまま時間が止まるような気がした。
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