エア・フリー 〜存在しない私達〜《後編・絆》
和製、聖母マリア
……今日で一体何日経ったのだろう。


この旅は、ほとんど時計を見る事なく女と二人で北へ北へと流れる行くあてのない旅だ。

俺の名は………いや止めておこう。

名乗ったところでどうせすぐに組織に捕まって“名もなき死体”として葬られるか、永遠に日の目を見ずに深い海に沈んだまま何世紀も漂うしかない俺だから……。

ただ この助手席に座る女だけは救いたい。

そう、あの時も衝動的にそう思って気がついたら暴走していた。

もう決して若くない。

世間では“初老”と呼ばれる齢なのに…。

どうかしてるぜ……。

仕事柄、人の“生”に対する欲望はイヤという程見てきた。

もう死を選択するしかない状況でも“生”に固執し

殺さないでくれ…。

と哀願する。

なのに、この女だけは違った。

最初から覚悟を決めていたかのように捕らえられても燐としていた。

それが我々の隙を付き、息子を逃がす段になると狂犬のような牙で私の部下の“耳”に噛み付いた。

その結果、息子は救われ今もどこかで生き延びているハズだ。

組織は失敗を許さない。

特に一度捕らえた者に逃げられるなど、組織の存在自体を世間に知られる事に成りかねない致命的なミスには容赦ない。

だから息子を取り逃がすなどあってはならない事だったのだ。

だから俺は咄嗟にこの女を連れて逃走した。

いやそういう大義名分を得ただけかもしれない。

最初から俺はこの女を殺したくなかったのかもしれない。


< 102 / 363 >

この作品をシェア

pagetop